ちょっと寄り道してみませんか?

教会やキリスト教周辺のいろいろ、身近にあったちょっといいお話、

ほっこり風景などをご紹介していきたいと思います。

祇園祭で見つけた聖書物語!

例年にない暑い夏、京都、祇園祭が行われました。

 

祇園祭には山鉾が京都の街を巡行するのが一番の見せ場ですが、この山鉾に飾られるのがとても歴史のあるタペストリーです。

 

その山鉾のひとつ、函谷鉾(かんこぼこ)には16世紀に作られたベルギー製の毛織物(ゴブラン織)、旧約聖書の創世記の物語を題材にした『イサクに水を供するリベカ』という織物が掛けられるのです!

それを一度、本物を見たいと思い、猛暑38度の京都を訪ね、実物に出会ってきました。

7月16日の宵山に行ったので、タペストリーは保存会の中に展示されており、手の届くほどの距離で眺めることができ感激でした。

色鮮やかなものは、同じ柄を新調したものだそうです。

 

このイサクとリベカが京都の街を堂々と練り歩いているのは、イサクもリベカもびっくりでしょうね。

 

(注:山鉾巡行の写真は函谷鉾保存会でいただいた冊子に掲載されている写真です。)詳しくは(公財)函谷鉾保存会ホームページで。http://www.kankoboko.jp

「ある日、ぼくんちが教会になった」福万広信

 ある日突然、家が教会になった。あの日から、40年の月日が経ち、私も今年50歳になろうとしている。

 

 父福万栄二が湯山台の地で開拓伝道を始めたのは、私が小学4年生のときだった。土曜日の夜になるとソファを移動し、講壇を置き、リビングが礼拝堂になった。日曜日の朝、玄関の前に立ち、じっと来会者を待つ父の姿を今でも忘れることができない。礼拝の時間になっても誰も来ず、私と母がソファに座り、親子3人だけの礼拝が続いた。「こんなに何週間も出席者がなくても、このまま教会を続けていくの。もし来週も誰も来る人がなかったら、他の教会に礼拝に行きましょう。」数週間経っても来会者が与えられず、母は父にそう語ったそうだ。しかし、父は来会者が与えられることを祈り続け、その祈る姿に母もまた祈りに導かれていった。最初の来会者が与えられたときの両親の喜びはどんなに大きなものであっただろうか。

 

 様々な困難があった。その中でも1985年、父福万栄二牧師の召天は、小さな家の教会にとって、その存続自体が危ぶまれる出来事であった。牧者を突然失うという失望の中にあって、当時の教会員の方々は「教会とは何か」ということを真剣に問い直し、新たな決意をもって宣教の歩みに立つ決断をした。また様々な教会の事情を理解していただいた上で、神田健次先生ご夫妻が新しい牧者として、その責任を引き受けてくださったことは、教会にとって最も大きな恵みであり希望であった。

 

 神は牧師の召天という悲しむべき出来事も、教会が教会としてさらに豊かな祝福と恵みをいただく希望への道としてくださった。聖峰教会にとって、それは第二の創立記念日ともいうべき出来事である。

 

 私にとっても、父の死は特別な出来事であった。もしあの時に父が召されるという出来事がなければ、牧師としての道を歩むことはなかった。愛する父の死は辛く、悲しい出来事であったが、神は教会の交わりの中で慰めを与え、父の死を通して、最も大切な道、牧師として生きる道を備えてくださった。「与え、取り去る神」は「取り去り、また与える神」でもあった。

 

 人間の思いでははかりがたい神の計画が教会の歴史の中に貫かれている。聖峰教会の歴史を思う時、神の導きの確かさを思い知らされる。主の希望に生きる教会として、ますます豊かに祝福され、地域にたてられた教会として良き宣教の働きが推し進められていくことを心から祈り、またその働きを教会に集う方々と共に微力ながら担っていきたい。     

(「創立40周年記念誌」より)

教会にはシャドーボックスが飾られています

これはシャドーボックスの作品です。作品は「カナの婚礼」川西市に在住のシャドーボックス作家大橋禾苗さんがつくられた作品を教会で飾らせていただいています。

(現在、大橋先生の作品「ドーモ ミラノ大聖堂」を展示中です。)

 

★シャドーボックスとは

紙に印刷されている絵を何枚もカットし、それを重ね、平面な絵にを3Dにしあげていくものです。

写真ではカメラの腕のない私が撮影したので、残念ながらその精巧さをお伝えできません。

 

★シャドーボックス教室

聖峰教会では大橋先生のお弟子さんであられる松丸克代先生のシャドーボックス教室が月1度程度、開かれています。

今回はその教室の製作中の様子を撮影しました。シャドーボックスの立体感が少し伝わるかと思います。葉っぱが一枚一枚切り取られて、重ねられて、3Dアートが生まれます。仕上がっていく楽しさと喜びは作った人だけが味わえます。楽しいですよ。

 

日常の煩わしいことを忘れ、一時、没頭する緻密な作業です。興味をお持ちの方はご一報ください。

 

聖峰教会の子どもの礼拝はこんな感じ

聖峰教会子どもの礼拝、2015年収穫感謝祭の礼拝風景です。

おっきな白菜や大根を抱えて、おも〜いやさいを実体験。その後、ニンジンや大根を生で食べてみました。野菜のそのものを味わいました。

どれも、教会の方が栽培されたりしたお野菜です。神様が与えてくださるものは、いろいろ、イロイロ、色々。

神様の恵みに生かされていることに感謝をしました。

 

聖峰教会子どもの礼拝では、幼児から、中学生までが集って、礼拝をしています。

9時30分頃から10時までの短いじかんの礼拝です。

みんなに日曜日に会うと笑顔になります。

日曜日だけお兄ちゃんになったり、妹ができたり… そのままでいいんだよって、イエスさまに言ってもらって、元気になれる教会です。

けっこうゆる〜い感じの礼拝と集まりです。

こんな感じの聖峰教会の子どもの礼拝です。

学校行くの嫌だなって思うなら、教会にきてみてください。

聖峰教会のプレミアムなリードオルガン!

 聖峰教会ではリードオルガンを礼拝の時に使用していましたが、今月、大掛かりな修理に出すことになりました。聖峰教会が伝道所として創立された当初、兵庫教区事務所に置かれていたオルガンを譲り受け、それ以来、聖峰教会の礼拝になくてはならない存在として、働いてくれました。今も頑張っていい音色を出していますが、奏楽者も足踏みをかなり頑張って弾いていました。そろそろ修理をということになりました。一ヶ月後にまた復活して、いい音色を聴かせてくれることでしょう。

 

 このオルガンは、なんと明治期につくられたかなり古いオルガン西川製のリードオルガンです。NISHIKAWA & SONS YOKOHAMA・JAPAN 4ストップ、61鍵盤です。製造番号は21182。オルガンを修理に出したところによると、同じ西川製リードオルガンで「39113」という製造番号のオルガンがあるということで、そのオルガンが明治39年頃製造といわれています。聖峰教会のオルガンはそれよりもさらに古いオルガンということになりますよね。かなりの希少価値があるのか、な?

 NISIKAWA & SONS YOKOHANA という楽器屋はもう現在はありません。ヤマハ楽器に吸収されたということです。譜面台には西川オルガン特有の草花彫文が施されています。このオルガンの製造年がわかるといいのですが、どなたか詳しいかたがおられたらおしえていただきたいと思います。


 リードオルガンに興味のある方、リードオルガンの音色を聴いてみたいと思われる方、一月後に当教会にお越しくださいませ。

現在、聖峰教会のリードオルガンは修理を終え、プレミアムな音色を響かせて、礼拝に大活躍しております。写真のYさんは長年、奏楽を担当してくださっておりましたが、現在は神戸の教会で奏楽をされております。Yさんの奏楽の音色もまたお聞きしたいものです。

神学校ってどんなところ? …関西学院大学神学部をご紹介します。

 10月の第二日曜日は神学校日と定められており、日本の神学校の働きや、神学校で学ぶ学生たちを特に覚えて祈りを捧げました。

 今回は神学校についてご紹介したいと思います。

 

 神学校は牧師になるために必要な、キリスト教、聖書、言語、歴史など、基礎的なことから専門的なことまで学びを深める学校です。現在、日本キリスト教団の認可学校として6校の神学校があります。関西には、関西学院大学神学部、同志社大学神学部があり、関東には、東京神学大学、東京聖書学校、日本聖書神学校、農村伝道神学校があります。これらの学校で学んだ後、日本基督教団の教師試験を受験することになります。教師試験に合格すると、按手礼(あんしゅれい)、准允(じゅんいん)を受けて、正式に日本キリスト教団の教師(牧師、伝道師)となります。もちろんキリスト教の他教派の神学校もこの他にあります。

 

 私の出身校は関西学院大学の神学部です。現在、関学の神学部には伝道者養成コースとキリスト教文化思想コースがあります。以前は、入学する際、洗礼を受けているキリスト者という条件がありましたが、現在、関学神学部入学に際して条件は設けられていません。入学時に牧師になりたいと志をもっている学生は伝道者養成コース、キリスト教について学びたいという学生はキリスト教文化思想コースを選ぶことができます。神学部は牧師になる人だけが入るわけではありません。また、神学部では牧師に必要な学びの他、教員免許取得のための学びも平行して行うことが出来ます。

 関学は総合大学なので4年間の学びをしますが、2年間の基礎的な学びの上、歴史神学、組織神学、旧約、新約聖書神学、実践神学等の専門分野を選択して、専門的に学びをしていきます。大学卒業後、牧師となる道、就職する道へと進む人もいますし、さらに大学院に進み、修士課程、博士課程に進み研究を深めることもできます。

 

 今思い起こすと、神学部では、自分では知ることの出来なかった神学の窓があることを知りました。その後、学校を卒業しても様々な窓を持ち、開けていく大切さを感じています。私の知らない外の風を受け、肌に感じ、自分が成長したり変わり続けて行かなければと日々思っています。

 

 牧師は人々の苦しむ魂が少しでも平安になり、神さまに救われるための道案内です。牧師自身が力を持っている訳ではありません。道はいろんな道があり、まっすぐでもなく、高速道路もありません。その道をいっしょに歩く、そのための学びを神学校は助けてくれます。

 神さまへの道案内ための牧師として献身しようと志をもって、今、学びをしている方々のことを覚えて祈りたいと思います。

 

9月の秋晴れの日の聖峰教会です           塗り替えた壁と屋根がまぶしい…

ミナト神戸の寺院巡り

ミナト神戸の寺院巡り

 

当教会の神田牧師が執筆者の一人である「ミナト神戸の宗教とコミュニティー」(関西学院大学キリスト教と文化研究センター編)を道案内にして、神戸の北野周辺、元町周辺にある教会、寺院を巡り歩いてみました。神戸は外国人居留地が置かれた場所で、現在も当時の異人館が残っていて、これは訪れる人も多い観光名所です。外国人が神戸に住むようになると、彼らのコミュニティーにとって大切な宗教施設(信仰の拠り所)も建てられました。前述の本に紹介されている寺院すべてを回ってみることは出来ませんでしたが、北野坂近辺を歩くだけでもとても興味深い寺院、教会に出会うことが出来ます。こんなに近い距離に様々な宗教寺院が共存しているのが驚きです。異人館巡りより、もっとマニアックでたのしい寺院巡りです。

  上の写真はカメラマンの腕が悪いので、お見苦しいかと思います。まじまじと近寄ってみると本当に彫刻などがすばらしく、感動しました。

 それから、各国のおいしいものも食べられるのが神戸のよさで楽しみの一つです。でも時に、「シェフがお祈りに行ったので今、作れないんです!」と言われることもあるかも。(これは私が体験したほんとのはなし。)

 それと、本の中で神田牧師が書いておられますが、元町商店街にはコーヒー豆を1878年(明治11年)に販売したお茶屋さん「放香堂」も営業しています。(現在は日本茶しかないかもしれませんが。)カフェ探しもいいですね。私は元町商店街にある「はた珈琲店」でひとやすみをしました。ウェッジウッドのカップで珈琲を出してくれました。

 神戸に興味のある方、詳しく知りたい方は、ぜひ前述の本を読んでみてください。まだまだ知らない神戸に出会えるでしょう!